12月8日、今日は真珠湾攻撃の日です ― 2011/12/08 17:37
70年前の真珠湾攻撃に対しては、色々な本や人が触れていますのでここでは特に触れませんが一言。
なんだかんだと言っても、真珠湾攻撃は実際に起こり、日本側の大勝利だったことは事実です。
私は素直に、この真珠湾攻撃成功を祝いたいと思います。
それが真珠湾で戦死し、その後の戦いで死んでいった人たちに対して報いることになると思うからです。
近く映画で、「聯合艦隊司令長官 山本五十六」が封切られます。
私の最も好きな軍人の一人です。
若い人の中には知らない人もいるかもしれませんが、山本五十六元帥(以下山本。戦死後元帥)は70年前の真珠湾攻撃を立案指揮した軍人です。
山本を語るとき必ず、アメリカとの開戦を誰よりも反対していたのが山本だ、との話が出ます。
その通りだったと私も思います。
しかし、山本が対米戦に反対したのは、戦えば必ず負ける、負けたらどうなるか、を分かっていたからで、決して反戦家としてでは有りません。
映画を見ていないのでなんともいえないのですが、山本を反戦家のようにとられるのは彼の名誉のために成らないと思いますので一言。
山本に関しては、色々書かれている本が多数有りますので、ご承知の方もいると思いますが、ミッドウエー海戦で虎の子の空母が米軍機の攻撃を受けているとき、山本は旗艦大和で渡辺参謀と将棋を打っていました。
そこに空母が次から次と被害を受けた報告が入っても、山本は、ほうまたやられたか、と言って何事も無かったかのように将棋を指していたそうです。
山本は勝負事が好きだったとの事で、勝つときも大きく勝つが、負けるときも大きく負けると言うことなのでしょうか。
アメリカ陸軍にそのころ勇猛で有名なパットン将軍がいました。彼は戦うことが死ぬほど好きで好きでたまらないと言う軍人でした。平たく言うと戦争大好き人間でした。お陰で彼の部隊は多くの犠牲者を出すのですが、その分強かったことも事実です。
山本は反戦家ではないにしても、好んで戦いをする軍人ではなかったはずで、山本がパットンの様に戦争大好き人間だったらどうだったのだろうか、とまた想像してしまう私です。
最近のコメント